定住支援員の「やわたはま・あれこれ」~磯津地区編③
こんにちは!定住支援員のOです。
磯津地区のご紹介vol.3☆
今日は、公民館で伺った主な地区行事について
(一部、磯津公民館以外の主催の物や、3つの地区で独立して行われているものも含みます。今回はお写真少な目でご容赦下さい)
1月 お焚き上げ
2月 磯崎新八十八か所参り
4月 春祭り(3地区別開催)
8月 盆踊り
9月 お月見会
10月 秋祭り(3地区別開催)、公民館祭り
11月 新嘗祭(3地区別開催)、二宮敬作ウォーク(八幡浜市国際交流協会主催)
12月 しめ縄づくり&餅つき
などなど。
磯津の場合、更に磯崎・喜木津・広早それぞれの集落で元旦祭や花見、美化活動や各種サロン、クリスマスイベントなど、各自治公民館単位で開かれる様々な行事があります。
四季折々の伝統行事がしっかり残っているのが印象的!(灬╹ω╹灬)
八幡浜の17地区を周って、それぞれ様々な行事を教えてもらっていますが、新嘗祭など、他ではあまり聞かれなかった行事が残っていますね~(もちろん、ワタクシが他の地区で聞き漏らしている可能性もありますが(;^_^A)
しかも、磯津の特徴として、春祭りなどは3集落それぞれで開催されるという点があります。神楽がある集落があったり、つまりそれは、それぞれに特徴があって3倍楽しめるということではありませんか!?ウヒョッ⁽⁽٩(๑˃̶͈̀ ᗨ ˂̶͈́)۶⁾⁾
もちろん、実際に住んでいると、祭りの際はお手伝いに入ることもあるので、よその集落の祭りは参加できないことも多いものです。が!磯津では微妙に開催日がずれてることもあるので、近場で違いを楽しめる可能性大なのです☆
なんですか、磯津は伝統行事満喫可能ワンダーゾーンですか!(⋈◍>◡<◍)。✧♡
他に気になるものを挙げてみましょう。
まず、2月の磯崎新八十八か所参り
こちらは、10年ほど前に復活した行事なんだそうです。
文化11年(1814年)、磯崎の大部分の家屋が焼失する大火事が起こり、死者の供養や家内安全、災厄から逃れることを四国巡礼で祈願するようになりました。その流れの中から、慶応元年(1865年)、磯崎に四国霊場が作られたと言われています。
磯崎集落のほぼ全域を網羅するように八十八か所に石仏が配置されており、道中、標高200メートルまで一気に登る急な坂道を擁するなかなか大変なコースのようです。
それでも年々参加者が増え、地元の皆さんに愛されている行事なんですって。
次は11月、二宮敬作ウォーク
二宮敬作?ハテナ?となった方のためにご説明。
二宮敬作は、江戸後期の蘭方医。シーボルトに師事し、長崎にてオランダ医学を学び、のちにシーボルト事件に連座・入獄。出獄後宇和島藩医となり、外科手術の名医として知られました。シーボルトの娘・イネを養育したことも伝えられています。
その二宮敬作さんの生誕地が、ここ磯津の磯崎なのです。
なので、高台に二宮敬作記念公園も設置され、こんな銅像がどーん!
足元には、ひときわ大切に植えられた木々が。
シーボルトがヨーロッパに持ち帰り、そこで育った日本の植物の子孫「シーボルトチルドレン」。
平成17年、敬作の生誕200年を記念して、ドイツから送られたものだそうです。
ちなみにこの像は、シーボルトに学んだ地、長崎の方を眺めているんですって。
さて、行事の説明に戻って、二宮敬作ウォーク。
生誕地の磯崎から、開業地である西予市宇和町卯之町までの約31キロの道のりを歩くウォーキングイベントです。
比較的短めの16キロコースもあり、地区内外を問わず、幅広い年代の参加者があるそうです。
そしてどうしても触れておきたい新嘗祭。
八幡浜では平地が少なく、昔田んぼだったところも住宅地や柑橘畑になったりして、ほとんど稲作がされていません。
上の写真にもあるお隣の西予市が、広く田園が広がるのとは大きく異なります。私の場合、双岩地区の釜倉というところで、田園風景を見たくらいです。
現在の八幡浜は、富士柿やキウイ、ブルーベリーなどの柑橘以外の果樹栽培もあるとはいえ、やはり柑橘が農業のメイン。
稲の収穫を祝い、翌年の豊穣を祈る新嘗祭があまり聞かれないのは、ある意味当然のことだったんですね。今更腑に落ち。シミジミ
また、今各地区で行われているしめ縄づくりも、実は材料となる稲わらは他から調達しているところも多くなりました。ここ磯津では、まだ地区内の田んぼの稲わらでしめ縄を作り、飾っているそうです。
柑橘王国となった今の八幡浜では、珍しい行事が残る磯津地区。地域によって、様々な特徴、伝統がありますね。
やっぱり八幡浜、オモシロシ(๑˃̵ᴗ˂̵)و
磯津について、よりいきいき地域の日常や伝統行事がワカルのはこちら
磯津地区公民館Facebook
八幡浜市地域おこし協力隊Facebook
【追記】
磯津には、行事以外にも歴史的な物品がたくさん残っているそうです。
多くの石垣や、往時の港の賑わいを想像させる灯篭、様々な絵馬や自給自足時代を支えていた水甕。
そういうのを探す目線で地区を巡るのも、また一興ですね。
❁定住支援員・O❁
八幡浜市で初めての地域おこし協力隊として、中山間地域・日土東地区を担当。3年の任期満了後、平成30年4月から定住支援員として活動中。
市内でも各地域で異なる風習や文化に日々驚きつつ、移住検討者の方に向けた「八幡浜の日常のあれこれ」をお伝えすべく、あっちこっちに出没。
最近の悩みは、八幡浜の地図が頭の中で暴れ出して位置がなかなか掴めない事(^_^;)