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2021.06.16
暮らし

定住支援員の「やわたはま・あれこれ」~祭り編:川名津の柱松①

皆さんこんにちは!定住支援員のOですο(*´˘`*)ο

新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、新しいイベントだけでなく、古くから地域の宝として受け継がれてきた伝統行事も中止となることが多い昨今。八幡浜でも、昨年に引き続き今年も多くのお祭りが中止になっています。

そこで、コロナ前に開催されていた市内の様々なお祭りを、写真とともにお届けしていく「八幡浜・祭りシリーズ」☆(*屮°∀°*)屮

今回は川上地区で行われている川名津の柱松(かわなづのはしらまつ)を、ぐぐっとたっぷりご紹介したいと思います。
(県指定無形民俗文化財。※2020、2021年は開催中止。今回使用している写真は、2016年~2019年に撮影したものです。)
※川名津の柱松は早朝から深夜まで長時間にわたり、私もまだすべては体験できていません。私自身が直接見れていない部分については、市広報写真や地元の方のお話を聞いて今回記事をまとめさせていただきました。予めご了承ください。

川上地区は、ここ⇊⇊

さて、まずは柱松の歴史をさっとおさらい。φ(◎-◎ー)
寛政6年(1794年)、川上地区の川名津という集落で大火が起こり、これをきっかけに地区の厄火払いを目的として始まったとされています。
約22m(12間)の大木を天満神社境内に立て、そのもとで神楽や柱松のぼり、神輿の宮入などが行われる奇祭で、現在では42歳の厄年男性の厄落としも行う神事となっており、毎年4月の第3土曜、日曜の2日間にわたって開催されています。

 

土曜日の早朝。
厄年の男性と青年団、世話役が神社でお祓いを受けた後、地区内の山に入り、神事に使う杉を切り出します。
もともとは松の木で行っていた行事のため、柱「松」といいますが、近年は20mを超える松が希少なため、杉で代用されています。

川上地区は全国に誇る温州みかんのトップブランド産地なので、集落から見える範囲はほとんどが柑橘畑。そのため、杉の切り出しポイントは集落から離れた山の奥になります。切り出した杉は、長い長い綱をつけ、なんと人力でふもとまで引いてきます。。ヘ(。≧O≦)ノ。ヒィィィィ

曲がりくねった農道沿いに3時間近くかかります。

集落に入ったころには既にお昼近く。昼食をとった後、川上小学校横を流れる蟻王川の柱松河原で、せき止めて水嵩が上がった川に互いを落としあいます。

このポイントでは観衆も多く、興が乗ってくると観客の大人や子供も落とされ、そのたびに歓声が上がります。

その後、更に少し先の海まで杉を曳きます。

海水で柱を清める意味があるこの行程。海に入れた杉を引き揚げるため、厄年の男性と青年団も次々と海に飛び込みます。

かなりの高度(;^_^A

 

清め終わった杉を川を通って引き揚げ、やっと会場である天満神社に到着。

この時点で午後3時頃ですが、祭りはまだまだ序盤。ここから、柱松の「柱松たる行程」が加速スパーク★してまいります。┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨(◉◞౪三◉ ◒ ◉三౪◟◉)┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣

ここまで柱を運んできた男衆は、服を乾かしながらここでいったん休憩。

柱松は、その年厄年を迎える男たちがメインとなるので、毎年主役が変わる行事だと言えますが、

歴代主役を担ってきた方たちは、その主役の座を次世代に譲った後も、見える部分・見えない部分で祭りを支え、脇をがっちりと固めています。

柱を立てる準備も、大勢が協力しながらテキパキ。

宅地に囲まれた神社境内に横たわった大木に、藁を巻き付け、はしごとなる横木を括り付け、「杉」を「柱」に仕上げていきます。

予め堀り固めた穴に20度くらいの角度をつけて柱を差し込み、支点がずれないように固め、四方から引けるよう準備が整ったらいよいよ柱松立ての始まり。四方のうち三方は、柱が思いがけない方向に倒れないようバランスをとる役目で、それぞれに担当集落が割り振られているそうです。

残りの一本に、厄年の男たちや青年団、役割に入っていない男衆や子供まで、何十人もが並び、柱の中段に乗った青年団長があげる「ボーホエー」という掛け声に合わせ、ぐぐっと綱を曳きます。

 

声をかけて、曳いて、四方の調整。
声をかけて、曳いて、四方の調整。

 

1度、また1度と、僅かずつですが、柱が地面から離れていき、そのたびに青年団長がしなる柱の上で体のバランスを取ります。

この柱立て、ちょっとでもバランスが崩れると非常に危険で、実際に今までにも事故が起こったことがある行程。

男衆の熱気にもかかわらず、どこかピンと張りつめた冷静さも感じられ、観客も固唾をのんで見守ります。

 

立ち上がると、この迫力。

おお~~\(◎o◎)/!

 

無事の立ち上がりを掛け声で締め、ここで全体的に一息つくかと思いきや、すぐさま夜の神楽に向けて舞台の設置が始まります。

 

事前の打ち合わせがしっかりしているのか、長年の経験や住民同士の繋がりがそうさせるのか、それぞれが自分たちのパートで次にするべきことを理解し、考え、動いているイメージ。「柱松」が、それだけ川上地区の方のDNAに根付いているのでしょう。

祭りの総代さんらしき人が地元TVの取材を受けている間にも、どんどん準備が進んでいきます。

実はこの柱立ての最中、移住して来られた2組の方をお見掛けしたのですが、
1年目の方は、勝手がわからないながらも周りの人と声を掛け合いながら体を動かし、
5年ほどたった方は、今回の自分の役割をしっかり把握しつつ地域の方と談笑していたり。

こうやって、実際に体験し、役割を担うことで、若い世代や新しい仲間にも地域の伝統や祭りが継承されてゆくんですね。

 

さて、長くなってきましたね。今日はここまで。
柱松の見どころは、まだまだ盛りだくさんなのでございます!(`・ω・´)/続きはまた次回♪

 

❁定住支援員・O❁

八幡浜市で初めての地域おこし協力隊として、中山間地域・日土東地区を担当。3年の任期満了後、平成30年4月から定住支援員として市内全域を対象に活動中。
市内でも各地域で異なる風習や文化に日々驚きつつ、移住検討者の方に向けた「八幡浜の日常のあれこれ」をお伝えすべく、あっちこっちに出没。
地図を読むことは得意だが、その地図情報が留まることがなく軽やかに頭を滑り落ち、行ったことがある場所でも危うさを感じる日常。自身の記憶への信頼感はここ数年でほぼゼロと化した(ヾノ・x・`) とはいえ、何度でも初めての感動を味わえるのでそれはそれでOKだと悟りの境地に近づいている。